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2007.03.05 告別式><。
みょぉぉぉぉぉ。媛です。


ほとんど寝れずに朝。
起きたら「よく起きれたねー!!!」って叔母さんびっくりしてた。
にゃんでだぁ???って思ってたら、
なぜか私が焼酎の一升瓶を1人であけたことになってた。
私そんなに呑んでないからねっ?(笑)

斎場についてもみんなびっくりしてたにょ。
なんでみんなそんな変な勘違いしてんだよ><
私、本気でそんな呑んでないからね?

出立ての膳。
量が多くて困ったぁ><頑張って食べたけどさ。
でもあれでちゅね。うまいでちゅね。

告別式では孫席が予め確保されてたにゃ!!
ちなみに孫の出席率。
長女(滋賀)→3人中1人
長男(媛パパ)→2人中2人
次女(大阪)→2人中1人
次男は独り身なんで。
んー。。。やっぱ遠いからかなぁ。。。

でも会葬者は多かったにょ!!平日の昼間にもかかわらず。
おじいちゃんの人柄あってのものですにゃあ。
電報も恐ろしい数きてたんだけど(50は軽く超えてた)
その中に西都市長のもあったにょだ。
市長からって…すごいよな。
別にまったく市に関係した仕事とかしてないのよ?

ただ、おじいちゃんは人と話すのが好きだから
色んなとこに出歩いて、色んな人とお話してたんだって。
それで市長とも話したりしてたっぽい。
西都で知らない人はいないくらいの勢いで有名だったんだとか。
すげぇにゃぁ~

式…ズルい。
始まっていきなりね、綺麗な菜の花畑とかの映像とともに
(西都原古墳群あたりの映像)
おじちゃんの話をするの。
「陽気なあなたでしたね。」とか
「帽子が大好きでよくかぶっていましたね。」とか
「気分屋で、機嫌のいいときは大好きな歌をうたったり
上手に口笛を吹いたりしていましたね。」とか
「人のお世話をするのが大好きで…」とかさ。
ホントに
「そうそう><」って思えてもうしょっぱなからぼろぼろ。

最後は媛パパの挨拶。
ホントは喪主のおばあちゃんがするんだろうけど
3年前に脳梗塞なってから
死にかけて…足だけは後遺症残ってるんよね。
ずっと立ってられないし。
媛パパ、こうゆうの苦手だけど、頑張って自分の言葉でゆえてた。
頑張ったね。
きっとおじいちゃんも喜んでたと思うな。

式が終わったあとは身内だけ残って、出棺前のお別れ。
ここで初めておじいちゃんの顔を見た。
寝てるみたいにしか見えないけど、もう顔が真っ白でさ。
やっぱり死んでるんだよね。
すごい悲しかった。
もっと会えてあげれてたんじゃないか…って、
夏に帰ったときにね、もっと話しとけばよかったかな…って、
とにかく後悔ばっかりで。
死んでから遅いんだけどね。

お猪口を配られて、
一口自分で呑んで、残りを呑ませてあげてください…って
呑ませてもね、口からこぼれるんだ。
おじいちゃんね、呑んでくれないんだ。
辛くてね。。。

そのあとはね、
媛パパの人柄やら仕事頑張ってきた成果というか…
ものすごいいっぱい届いた生花を
一輪ずつ持って棺の中へ。
棺の中には大好きだった帽子を2つと、
ゲートボールの道具と、タバコ。
お花もね、親戚がいっぱいだからあっという間にいっぱい。
最後におばあちゃんが花束を。
おじいちゃんとおばあちゃんね、すごく仲良かったんだ。
おじいちゃんがおばあちゃんにべったりでね。
でもよくナンパとかしてたけどさ(笑)

だけどね、
おじいちゃんが入院したとき、おばあちゃんは杖をついて歩くのを
病院の人(知り合い)に見られるのが恥ずかしいからって
1度も病院にいかなかったんだ。
だから最期に会ったのは
お正月に1時間だけ外出許可出てお家帰ったときらしい。切ない。
おばあちゃん、後悔してるかなぁ。。。
辛そうだった。。。
いっぱい泣いてた。
涙もろいおばあちゃんだけど、ホントにいっぱいいっぱい泣いてた。
私の泣き虫はおばあちゃんにそっくりだな。
私も泣きっぱなしだったもん。

ごくごく身内だけで火葬場へ。
それでも40人くらいいたかな。
点火ボタンを媛パパが押したんだけど…
絶対ね、本人が1番辛いのはわかってるけど、
見てるこっちもホントに辛かった。
もうね、どんなに頑張っても生身のおじいちゃんに会えない。
そこに魂はなくても体はあったのに、
それさえも奪ってしまう火葬。

あとで媛パパと話したけど
「死刑執行のボタンを押した感じだった」ってゆってた。

一旦斎場へ戻ってお坊さんの説教。
これが長かった。
異様に怒ってる上に、金!金!ゆってた。
なんだ?って思ってたら
あとで聞いた話。
告別式の前にお坊さんが媛パパに
「鷹文さん(おじいちゃん)のお父さんの名前は何やったね?」って聞かれて
「私が生まれる前に亡くなってるので知りません」ってゆって、
そのときちょうどおじいちゃんの弟さんが通りかかって
「おじさん!」って媛パパ引き止めたんだって。
そしたらおじさん、
「名前わからんですね。墓石見たらわかりますよ」って
ゆったらしい。
これでお坊さん大激怒ですよ。
「自分の親の名前がわからんでどげするね!」って。
そうなんだけど…
でもおじいちゃんの弟さん、
異父兄弟で、名前知らないのは仕方ないんだよね。
しかも、漢字がわからないってだけだったみたいやし。
事情知らずに怒るお坊さんもお坊さんだ。。。

家系自体をぐだぐだにゆわれた。
ちょっとひどいんでないか?

長引いた説教のあと、精進上げの膳。
さっき出立ての膳食べたばっかりなのに…
しかもさっきよりさらにすごい量。

息つく間もなく火葬場へ。
拾骨。
少しだけ減って、30人くらいで行ったかな。
骨。。。
さらに辛いね。。。
みんなで箸をまわして…
私も骨壷に入れた。寂しかった。
小学生の子が来てて
(おじちゃんの弟の娘の子)
その子が骨をとって骨壷に投げ入れてた。
何なのか理解できないんだろね。
それはそれで切ないな。

おじいちゃん、ホント愛されてたんだね。
幸せものだなー。

お家に戻って息子たち(媛パパたち)はこれからが大変。
お寺さんにお礼参りやら、部落の人にお礼に行ったり、
なんやかんや。
私は伊丹行きの最終の飛行機で帰宅。
大阪の従兄弟は関空行きの最終だったらから
1時間違ったけど、一緒にご飯食べて
いろいろ話した。
初めて話したなぁー。
自分の考えもってていいやつ。

お盆にねーってゆって別れた。
で、夜22時半頃お家着いた。
電車の中と歩いてるとき、悲しくて1人で泣いてた。
ホントに疲れた。

初七日が私の誕生日。
だけど兄弟が3人遠いからってので
今日初七日してもらったらしい。
四十九日はするみたいだから、行かないと。
正式にすると4月19日。

☆☆☆☆媛より☆☆☆☆

>くわのすけさん
にゃぁ。。。
出来れば自分はあのボタンを押すことなく死にたいにゃ(汗)
焼酎はね、芋しかなかったんにゃよ。
だから私は芋焼酎は苦手だけんホントそんな呑んでにゃいよ?
一升瓶をあけたのは男どもにゃ。
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